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【4】
後ろ髪を引かれるよう、名残惜しげに最後の観客が別荘屋敷を後にしたのは、月が中天に燻る真夜中であった。
マルハバンの季節―この祭りの季節はそう呼ばれる―には残念な空模様であるが、自分にとってこのほの暗さは好機である。
見世物を見逃し、不貞腐れた表情の門番を柱の陰から望みながら、ハジは小さく口の中で呟いた。
「…『融けろ』」
門番がその囁きを聞き咎め、柱の陰に目を向ける。が、濃い闇溜りには誰もいない。
首を傾げる門番の、その背後の闇の揺らめきは刹那。
揺らぎは波紋のように隣の闇へ移り、柱から柱へと渡り、やがて門から遠く離れた別荘屋敷の中庭、作り物の蘇鉄の陰にその動きを止めた。
用心深く息を潜めながら、闇の中に少年の姿が浮き上がる。素早く周囲に視線を走らすと、手近の建物の陰へ俊敏に飛び込み、また闇へと姿を消した。

闇の魔法はハジが唯一使える魔術であった。亡き父が仲間の諜報員に学んだものを、幾つか自分に教え授けたのだ。
我ながら相性がいいと思う。闇を渡る程度の魔法は、戯れ程度に覚えてしまえた。今では盗みに必需となったこの芸を、亡き父が知ればどう思うだろう(などとは考えないようにしている)
それでも幾らかの制限はある。あまり離れた闇へは渡れない。勿論、自分一人でしか渡ることはできない。
それゆえあの見世物ショーの後、訝しげな仲間らを誤魔化し先に帰らせ、自分ひとりがこの別荘に忍び込む羽目となった。
最も盗みの為の偵察ではない。既に建物の構造は、大方把握できた。自分の目的は、そこから少しずれたところにある―――いや。
「場合によっては、そうなるのか」
何となしに口に出た呟きは、豪奢なラグの上に寝そべる太った飼い猫の耳にのみ入った。


【5】
膝に頬を乗せた途端、ひりつく痛みが走った。
この部屋に投げ込まれた際、擦り剥いてしまったのだろう。いつものことと気を取り直して、壁にもたれ目を瞑る。
古い蔵は酷く黴臭かった。きっともう長く使われていないのだろう。高く積まれた酒樽の中身すら空なのかもしれない――その通りに決まっている。
あの用心深い主人が、此処に閉じ込めた子供―自分だ―が毒を入れる可能性を疑わぬ筈が無い。
そんなことが、出来る筈がないというのに。目を微かに開けて、また瞑る。闇に包まれたこの部屋では、明り取りの小窓から入る霞んだ月光さえ眩しい。
ふと―――
「見っけ」
突如、闇の中から声が聞こえ、ぎょっと体を強張らせる。
周囲を見回すも、埃っぽい小部屋の中には自分以外誰もいない。積み上げられた木箱や樽の陰に目を凝らすが、人影らしきものはない。
どこか別の部屋の声が、風に乗って流れてきたのか――一人合点し、傾げた首を元に戻す。
そして目の前にある二つの目と、目がばっちりと合う。至近距離に浮かぶそれは、笑うように弧を描いた。
「すっげえ、本当に白いのな、お前」
あと少しで、声を上げるところであった。


少年が声を上げないことに、ハジは感心した。
それでも動揺は凄まじく、後ずさるも背後は壁と気付くと、少年は小さな犬歯を剥き出しにし、眼を吊り上げ低く息を吐いた。
まるで猫のような威嚇におかしくなりながらも、怯えさせないようハジは一旦闇に消え、やや離れた、積み上げられた樽の上に腰を下ろした。
手品の如く、消えたり現れたりを繰り返すハジに、驚嘆と警戒の色を露わにしながら、少年は一言も発しない。
「そんなに警戒するなよ。言っておくけど、俺はおばけじゃないぜ。そら、立派な足だろ」
「・・・・・・」
ハジは明るく話しかけながらも、微量な光に照らされた少年を、素早く観察した。
ステージで見かけた姿と何ら変わらないが、淡い月光に浮かぶ少年は先程よりも白く見えた。その肌も、髪も。目だけが黒々と光っていて、よく目立つ。
丈の合っていない着物を着せられている為か、華奢な両肩が露わになっている。裾から覗く両手足も、折れそうなほど細い。
それゆえ、彼の風貌はさながら少女のような印象を受けた。だが険しい眼差しは獣のようで、決して少女の持つ柔らかさはない。
その刺すような視線を受けながら、ハジは大仰な手振りで、矢継ぎ早に語り始めた。
「俺はハジってんだ。これでも盗賊団のお頭なんだ、凄ぇだろ?」
「・・・・・・」
「ま、メンバーはみんな俺と同じくらいか、年下ばっかだけどさ」
「・・・・・・」
「お前と同じくらいのもいるんだぜ。ペンダっつって、体は一丁前にでけえんだけど、泣き虫なんだ」
「・・・・・・」
「皆孤児だ。親父もお袋もいねえ。裂けるまでケツを革鞭で叩くような性悪爺をブチのめしてきたのが、新入りのオロンゴでさ――」
「ケチな泥棒が、俺になんの用だ」
発せられた声音に、ハジはたじろいだ。少年の怒気に対してではない。少年のその、幼い容姿に不相応な、しゃがれた声音に身を固くする。
先程の炎で喉を焼かれたのか。いや、その一度ではあるまい。幾度となく熱気に潰され皹入った声帯の、微かに残る幼い響きが酷く切ない。
水の一滴も与えられていないのか、と。ハジは密かに拳を固く握った。食い込む爪の鋭い痛みに反して、柔く口角を上げる。
「俺たちはさ、そんな感じでガキらが集まって出来た、ちっちぇえ盗賊団だ。でも、やってることは大人顔負けだぜ。欲しいものは何だって頂いてきた。
食料も服も靴も、壷も絵画も宝石も馬も牛も、金貨に銀貨、俺たちに盗めないものはなんにもないんだぜ」
「それがなんだ」
「だから俺、お前を盗んでやるよ」
―――ぽかんと
丸くなった少年の黒い瞳を一瞬白い影が泳いで、それは月光かそれを背にする自分の姿か、後者ならば愉快だと、ハジは小さく笑った。


「…無理に決まってる」
開いた口を慌てて結ぶ。心乱されたことを、恥じるように。
無理じゃねえさ、この屋敷は既に下調べが済んだし、こうしてお前がいる場所も分かった。後は仲間達と打ち合わせて、掻っ攫えばいいだけだ。
「お前は銅像のように動かないでいてくれればいいさ。もしくは子馬だな。人間は盗んだことないけど、似た様なものだろ」
ハジはそう、陽気な調子で語った。少年は黙って俯くと、彼の計画に頑として首を振った。
「駄目だ、俺一人だけじゃ、いけない」
少し弱弱しくなった少年の声音は、潰されて聞き取りづらくなった。身を乗り出して聞き返す。
「どういう意味だよ」
「母さんがいる」
「母さん?」
「そうだ。母さんを、置いてゆけない」
俯いて口を固く結ぶ少年の面持ちは、今まで対峙していた大人びた態度とは一転し、年相応の幼さと寄る辺なさが浮かんでいた。
(…てっきり、親に売られた奴隷かと思ってた…)
この国では珍しくない話だ。メンバーの中にも勿論、そういう境遇の子供はいる。
「でも、じゃあお前の母さんはどうしてるんだよ。お前一人見世物にして、それでも大丈夫なのかよ」
我知らず責めるような口調になっていた。少年はきっ、と顔を上げる。白い髪が乱れて、赤らんだ彼の目を隠す。
「病気なんだ!!!」
叫んで、少年は顔を顰めた。喉を痛めたらしい。声を落として、続ける。
「病気なんだ。この屋敷の主人が、母さんの面倒を見てくれてる。俺は、その代わりに此処で働いてるんだ」
見世物として。言外に語る少年の歪んだ表情は、喉の痛みから来るものだけではないだろう。
暫し沈黙が流れた。無為に過ぎ行く時間と比例して、胸の奥にフツフツと湧き上がるものを、ハジは感じた。
それを笑顔の裏に押し込めながら、ハジは、出来る限り明るい口調で、話題を切り替えた。
「――その、首の枷」
ハジの指差した先、自分の首からぶら下がる黒い帯を、少年は見下ろした。
「昔聞いたことがある。奴隷の枷には魔法がかかってるものがあって、
主人に逆らったり逃げ出したりすると、締め付けたり酷い目に合わせるヤツがあるって」
お前のも、そういうものなのか?ハジの問いに、少年は小さく頷いた。
「…首が落ちるって、アイツは言ってた」
感情の篭っていない声に、ハジは息を呑む。少年はその幼さの割に、どこか物事を達観している節があった。
それはどのような恥辱と絶望と諦念の末に生み出されたものか。考えれば酷く苦々しいものが口内を満たした。
好都合だ、とハジは奥歯を噛み締めた。少年を、いや少年とその母を盗むだけでは足りない。枷を解除するには、この屋敷の主人の承認がいる。
ならばどんな手を使っても、どんな目に合わせてでも、この屋敷の主人から彼らを解放させて見せる。
人の命を何とも思わない、否、自分達以外の命を人とも思わない、傲慢な豚野郎ども。待っていろ、目にもの見せてやる。
ハジは一瞬、虚空を鋭く睨み付けた。


一瞬鋭くなった彼の視線に、我知らず身を固くする。
それに気付いたのか、彼はふっと笑いかけた。
「なあ、お前、なんて名前なんだ?」
きょとんと、彼の質問を心の中で反芻する。
「名前だよ、なまえ。いいか、俺はハジってんだ…って、もう名乗ったじゃねえか」
ケラケラ明るく笑い出す少年の、その柔らかな声に誘われるよう、思わず口が動いた。
「…白」
「シロ?」
―見た目通りじゃねえか、思わずそう返しそうになって、ハジはすんでで言葉を飲み込んだ―
「そっか、いい名前だな、白。なあ白。俺を信じろよ。白も、白の母ちゃんも、俺が必ず助けてやるよ」
待ってろよ、三日後は、新月だ。俺の魔法が最も役に立つ。その時必ず、お前らを盗んでやるよ。
ハジの明るい、だが深みのある声が、すとんと、自分の胸に沈んでゆく。
それは長らく仕えていた重苦しいものを溶かして、思わず表情が緩んだ。
ハジが、自分の顔を見て驚いたよう目を見開いたので、はっと顔を背けた。
「…期待はしない…」
小さい呟きは、彼の耳に届いただろうか。いずれにせよハジは、再び笑顔に戻っていたと思う。自分はその表情を、見つめることが出来なかったが。
「またな白。三日後だ、忘れるなよ。その時まで、どうにか生き延びろ」
すうっと、視界の端でハジが闇に溶け、それに驚き振り返った時には、もうハジの姿はどこにもなかった。


―まるで夢のような、ぼんやりとした穏やかさが、静かな朧月夜に漂っていた。
あれは夢なのだろうか。もしも夢であったとしても、構いはしない。
長らく、自分には悪夢のような現実しかなかったのだから。
だが、もしも、これが夢でないならば。
目の裏に浮かぶ、彼の姿を思い出す。胸元に光るペンダント。炒った豆のような、香ばしい色したボサボサの髪。
優しく笑っていた、この街の海のような青色。
白は静かに目を閉じた。
部屋の中は、相も変わらず濃い闇に閉ざされていたが、彼を満たしていたのは、奇妙な安心感であった。



【続】

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無題
うわああああああああああああ!!!!!
コメント打ってたら、何故か途中で消えたー!!!!(泣)

思い出しながら書くぜ・・・・

小説キター!!!(°∀°)
ハジかっくい~!!幼いのになんでこんなに頼りがいがあるんだ!立派な親ビンだ!!

お姉ちゃんの小説は、情景が余すとこなく浮かんできますよね(´∀`)太った猫とか、観たかったぜ的な門番とか、超イメージし易かったぜ(笑)

ていうか母ちゃんがいたのか!母ちゃん!母ちゃん!!
白の母親だから、きっと色白白髪べっぴんさんだろうな(*´Д`*)はぁはぁ・・・
母ちゃんも術が使えるの?今現在母ちゃんは健在なの??(小説で見れるかもしれないんだから、大人しくしてなさい!)

あ、アビが超綺麗になる時って言うのがマルハバンっていうの??
一年に一度しか来ないのに、残念だったね…
しかしそのお陰で、白とコンタクトが取れたんだもんな!!
「お前を盗んでやるよ」なんて言われてぇー!!!!(*´Д`*)んはぁはぁはぁ・・・
先が見えない毎日だったのに、あと3日後には何か変わるかもしれないって思えるって、すっごい生きてる気がしそうだよね(*´∀`*)
ただ、こんな状況じゃ希望を持ったらいけない気がして、逆に不安になってしまいそうだけれども・・・

いやー!続きを楽しみにしてますぜ姉さん!!

待ってる!待ってる!!
∧ ∧ ∩ ∩
(´∀`)(´○`) byぴろぱろ
逆流のポー 2012/07/28(Sat)22:19:08 編集
無題
消えたwwwどうしたプーさん!おのれ夏の風物詩心霊現象か…!?それに打ち勝ったプーサンの記憶力に乾杯☆

ハジは今はとんだマダオだけど、子供の頃はやってくれてたみたいだね…そのまま成長してくれればよかったのに…(´∀`)
太った猫と門番が浮かんだwwwありがてえけどその光景はwww
いたのですよ母ちゃんがウフフ…プーさんの疑問は全てこの先明かされるので、ネタバレ自重で黙っておくよウフフ…早く描け姉。

そうそうマルハバンの季節!
この季節は一日だけじゃなくて半月くらい続くのでモーマンタイ!因みにアビ人達は、この季節を『神様が訪れるから大気や海が美しくなる』と信じていて、『神様が少しでも長く滞在して頂ける様に』盛大にお祭りをするんだ。マルハバンてのはアラビア語で「歓迎」の意味(´∀`)

お前を盗んでやると黒真珠は完全にマダオ語録だね…大きくなってからブリ返されて恥ずかしさにもんどり打てばいいよハジ(´∀`)
確かに三日なら…!これが一年後にまた来るぜとかだったらハジ燃やされてたね。遅えよバカ!!!

うおおおいつもこんなクソ長ったらしい文を読んでくれてありがとう…!感想まで…!超嬉しいぜ続き頑張るぜ早く完成させるぜ!
ピロパロに応援されちまったwwwwwお前らも頑張れよ!特にピロ、おめぇ耳ずれてんぞ。
M28星雲 2012/07/29(Sun)06:57:35 編集
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